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卒業写真のスタジオシモムラ 横浜・東京・川崎
卒業式の思い出を一枚の写真に。

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当スタジオで撮影していただいたお客様の学校

東京大学、慶応義塾大学、早稲田大学、法政大学、東洋大学、立教大学、中央大学、青山学院大学横浜国立大学、横浜市立大学、一橋大学、東京工業大学、お茶の水大学、筑波大学、京都大学、大阪大学、千葉大学、長崎大学、順天堂大学、津田塾大学、上智大学、東京医科大学、日本医科大学、東邦大学、国際基督教大学、麻布大学、同志社大学、東京理科大学、学習院大学、北里大学、東京農業大学、杏林大学、國學院大学、駒澤大学、昭和女子大学、二松学舎大学、国士舘大学、拓殖大学、東京経済大学、武蔵野大学、亜細亜大学、大東文化大学、東京私立大学、明星大学、明治大学、日本大学、、東海大学、明治学院大学、専修大学、神奈川大学、帝京大学、関東学院大学、桐蔭横浜大学、等様々な大学を卒業される方が、卒業記念の撮影のため、お越し頂いております。

卒業写真の豆知識TRIVIA

■袴姿は、卒業式の定番ファッションの一つになっています。
そもそも女子学生が袴をはくようになったのは、明治の初めに女子高が開発したと言われています。
女学生の制服が本格的に変わっていったのは女子師範学校(御茶ノ水女子大)が設立され、
そこでの女子教師や学生が着用したので流行りました。

■この袴は、「行灯袴(あんどんばかま)」「女袴」といって、
股の割れたパンツ式ではなく、すとんとしたスカート式に仕立てた袴でした。
それまでの当時の女学生の服装は、着物と帯が一般的だったため、行灯袴は自転車に乗っても裾が乱れず活動的で
機能性と優美さを兼ね備えた画期的なアイテムとして、あっという間に全国の女学校に普及していきました。
束ねた髪&リボン、海老茶袴&編み上げ靴の女学生スタイル。
このハイカラさんスタイルが先進的だったゆえに批判もされましたが、多くの女性たちには憧れの対象として注目を浴びました。

■女学生たちはこの革新的なスタイルで、明治時代の洋装化の原動力となったのです。
現在卒業式の袴は明治時代の女子学生の普段着でしたので、卒業式で袴をはくのはこの時代の習慣でした。
着物の矢絣の柄は和弓の矢の羽から取り入れたものです。
狩猟用に使用する羽は三枚。これは矢の先に取り付けた鏃の回転が増し飛ぶ方向が安定する為ですが、
二枚羽の矢は儀礼的なものに用いられました。
神社等で売られている破魔矢は厄除けの縁起物とされていて、家内安全を祈願する祭具の一つと考えられていました。

■これが江戸時代に入ると、「矢」といものが持つ「特徴」がクローズアップされ、
矢は戻らない 出戻らない として嫁ぐ時に娘に持たせるキモノの「文様」として、人気を呼び
その頃から「未婚女性」を象徴する文様の一つともなっていきました。